青梅なひと

小澤幹夫さん

小澤酒造

創業元禄15年。青梅の雄大な自然と人の手から造られる澤乃井のお酒

Profile

平成31年より小澤酒造株式会社社長に就任した小澤 幹夫さん。元禄15年の創業で幹夫さんは23代目当主にあたる。幼い頃から奥多摩湧水の水で育ち、今も生まれ育った蔵の横の茅葺き屋根の日本家屋に住む。小さい頃から蔵や澤乃井園で遊びながら育ったと話す。東京の大学を卒業後、浜松町の一般企業に5年程勤める。緑が好き。

青梅駅から奥多摩線に乗って13分、車窓から見えるのは山々の緑の間を悠々と流れる多摩川。沢井駅を降りてスロープを降りていくと見えてくるのは大きな酒蔵。門から敷地内に入ると、お酒の芳香な香りに包まれて、神社の敷地内に足を踏み入れたような感覚になる不思議な場所です。創業は元禄15年の歴史の深みを感じながら、小澤幹夫さんを訪ねました。
今年の1月から23代目当主、社長に就任された幹夫さんに、これからのこと、自然のこと、人のこと、お酒のことについて聞きました。

”変える”という表現よりも、”昇華”のほうが、しっくりくる

「未来の話で言うと、僕は、「小澤さん、どういう風に変えて行きたいですか」とか、「どうやって変えるんですか」って本当に色々な方からも聞かれるんですが、そもそも、僕は”変える”って言う表現自体は適切じゃないと思ってるんです。

私が23代目で、それまで22代続いてきて常に進化してきているわけで、皆がその中のベストを模索してきてここに至ってるというその蓄積があるじゃないですか。当然僕の世代でも新しいことにチャレンジしていきたいし、やっていくのですが、その今までの蓄積がある中でそれをこう変えるっていうよりも、昇華させるとか、蓄積の方があってるかと。僕も一つの蓄積になれればいいなと思ってます。」

23代目当主も、小さい頃から育った環境の日常の中にある

「外から見ると23代目の当主に就くっていうのがすごくプレッシャーがあるように見えるんだろうと思うんですよね。でも僕は全然プレッシャーを感じてなくて。なんでかなと思ってたんですけど、そこの隣が家なんです。家族で住んでいて、子供の時からここで遊んで、蔵を抜けて学校に行って。帰ってくると、パートのおばちゃんとか、蔵人さんとかが、お帰りって言ってくれて。そのときにいた社員さんが今もいたりする。会社であって、周りにいるのが社員の人達というのは間違いないんですけど、なんだろう。感覚的なところでは、僕の中で普遍的で日常的な人と場所なので、プレッシャーは全然ないんです。」

枠を外して、世界へ

「変えると言うか、新しいことにチャレンジすると言う意味では、僕は生まれも育ちも青梅で凄く好きなところですが、僕らからの世代はグローバル化が進んで、世界とも近いじゃないですか。海外の人とも連絡が簡単にも取れるし、飛行機でも簡単に行ける。そういった意味では、昔に比べて世界の距離感が凄く詰まってきていると思うんですよね。

だからこれから僕が見ていかないといけないのは、日本の人達に、東京の人達にお酒を売るとか知ってもらうだけじゃなくて、もう少し枠を広げて、世界を市場としてうちのブランドを知ってもらうようにしていく姿勢が必要だと思っています。それで興味を持ってくれた人が青梅まで足を運んできてくれたり。お酒を飲んで御岳に来てくれて、御岳渓谷でもいいところだねって。」

青梅の自然こそが国境や文化を越える普遍性

国境、異なる文化や習慣を越えて何かが派生するために必要なのは、地域性や特異性を掘り下げていったところに見つかる普遍性のもの。澤乃井のお酒を、枠を広げて海外の人にも見てもらうときに、その普遍性なところっていうのはどんなものでしょうか。

世界で澤乃井や日本酒を知らなかった人にも、違う文化圏の人にも心に響くような、澤乃井のお酒が持つ要素とは。

「それはやっぱり青梅の大自然ですよ。うちも最近は輸出に力を入れているので、私自身も、アメリカとかに出張に行くんです。これがうちのお酒ですよってお勧めして、うまいって言ってくれる。でも確かにそれだけじゃ、うまいで終わりなんですよ。
うちのバックグラウンドとかコアなものを知ってもらうために僕がどうしてるかと言うと、ここの景色の写真を持って行ってそれを見せるんです。
多摩川の写真とか、御岳山の写真とか、うちの水の写真を見せて、山があって川があってそこからとれる水があって、それが原料になってうちの酒になってるんだっていうこの説明をするんです。すると、東京にもこんなところがあるんですかって、信じられない、素晴らしいとこですね、って言ってくれるんです。

NYで会った人が、今度遊びに行くよって。本当に来てくれるんですよ。逆に言うと、うちのお酒だけだったら遊びに来てくれないんですよね。あのとき、この青梅の自然を見せて、これが東京なんだぞ、すごいでしょ、信じられないでしょって。東京って行ったら六本木ヒルズと浅草ぐらいしかないと思ってたでしょって。笑
来てよかったって、すごく喜んで帰ってくれますね。日本も何回か来てるけど、一番よかったって言ってくれたり。だから嬉しいですよね。」

でもなぜそう言ってくれたんでしょうね。実は私も海外からの友人を青梅に連れてくると、すごい喜んでくれて、東京やこの日本滞在で一番いい思い出だったって言われるんですよ。やっぱり青梅ってすごいところですよね。

「そう、言われれるんですよね。それは嬉しいですよね。それはやっぱり青梅の持ってるポテンシャルなのかなって。」

でもそれは自然+人だと思うんですよね。ここに来ないと、小澤さんの話は聞けなかったわけじゃないですか。一人で御岳に来るのと、全く違いますよね。だからその人の温かさと、自然と、歴史の深みを体感できると、やっぱり感動しますよね。私たちもここに入ったときに、ここは何か違うんだって感じがしました。

「そうですか?僕の場合は日常だからな。笑」

「青梅には空き家も増えたし、少子高齢化をまさに実感していますね。そう言った意味で僕達がこれからやって行く中で大事なことは住民を増やすっていうことが一番いいことだと思います。地域が活性化するって言うのは、ここに住んでもらうっていうのが一番理想なんですけど、なかなかそれはすぐできることじゃないし、その人一人一人の人生がかかっているし、大変ですよね。

そう思うと、観光客を誘致するっていう切り口でここを知ってもらうということが僕らの出来ることかもしれないですね。僕達の場合はお酒っていう媒体を使って、多くの人にここの魅力を知ってもらうということができることなのかなとも思ってます。」

お酒を造る「人」達

お酒造りの工程には、寝ずの番もあり、過酷で経験と知識が必要な判断の連続。清らかなお酒を作るそれまでの過程、そして職人の技について聞きました。

「麹作りでは温度計か、発酵経過を常に管理してあげなくてはいけないので、それは本当に寝ずの番になってしまいます。お酒造りはものすごくマンパワーが全行程でかかってるんです。あまり手がかからない工程がないと言っても過言ではないですね。」

やはり機械化が出来ないからこそ、そうやって人の手で行っているのですよね?機械化できるところ、機械ではできないところを聞きたいです。

「うちも多少機械は入れているので、人では難しい重量のものを機械に任せてやってもらうとかは当然あります。ハードで全然任せられるところは実は結構出てきてるんですけど、アナログな部分だったりとかソフト面ではまだ機械に任せられないところがたくさんありますね。

例えば、大吟醸のお酒を作るときに、お米を蒸すんですけど、吸水って言って水を吸わせなきゃいけないんですよ。お米に水を吸水させてから蒸しあげるんですけど、吸水時間とかはもう普段のうちの定番のお酒が、大体水につける時間が1時間から2時間ぐらいですが、大吟醸って、浸漬時間が1秒あるかないかなんです。

だから、同じお酒でも浸漬時間が全然違って、大吟醸でも、その1秒の中で、その年のお米の硬さとか、その時の気温とか、水の温度で、吸水率は変わるので、浸漬時間を1秒にするのか、それを0.5秒にするのかは杜氏が決めるんです。そしたらそれをストップウォッチ片手にせーのってつけてあげるんですけど、それは絶対機械では出来ないんですよ。」

「浸漬時間が長すぎても、短すぎてもダメですし、発酵コントロールもとても繊細になってくるので、それこそ大きなタンクでの仕込みはできないので、小さいタンクで少量の仕込みになってきます。お酒のコンセプトやものによっても変わってくるんですけどね。

僕達がこうやって300年続けられているのは、デジタルが入る余地がまだないと言うか、入れないそういう曖昧模糊でもあるかもしれないけど、確かな職人の勘とかそういうところが意外とその300年の秘訣になってるのかなぁとたまに思いますけどね。」

今までの記録、湿度、天気、お米の出来を加味して色々な経験と知識を掛け合わせて、もの凄く膨大なデータを瞬時に処理しているってこと。年数がないとできないからこそ、置き換えができないんですね。ある意味アナログの強みというか。

「そう思って信じています、僕は。でもすぐ替えが効くものではないですね。逆に言えば、何かあった時に大変、替えが効かないっていうのはありますね。職人さんってすごい世界です。」

幹夫さんが案内してくれた蔵の中は、とてもひんやりして寒い。空調などなかったこの蔵が建てられた元禄時代の頃に外気の影響を受けないように作られた先人の知恵が詰まった蔵。梁の木などもどうやってそこまで上げたのだろうと大工さんの技術に高さに圧倒されます。取材時にも人が行き交い、蔵の梁の木々の呼吸まで感じるような蔵の中で人々の綿々と繋がる営みを感じます。

バランスの天秤にかけるのは、ものづくりと、商売としての営み

変わる時代に、変わらない選択をする。ということが、逆に新しいような気がしていて、なんだか心に響いています。

「とは言いながら新しいことにチャレンジして行く中で、必要性があればその変わるってことはありますし、やりますけど、積極的に変えていくっていうスタンスは違うかなっていうことなんです。過去の訣別だったり否定だったり、俺のカラーで、みたいなのは僕はあまり好きじゃないと思ってるんですよ。でも流行には乗らないと化石化してしまうので、バランスですよね。」

バランスってある意味天秤にかけるみたいなところがあるじゃないですか。幹夫さんの中で、何と何を天秤にかけてバランスをとってますか?

「この商売をしててバランスだなって感じるのは、酒造りってすんごく職人気質の仕事なんですよ。蔵人さんたちのこだわりはすごいんです。商売度外視の考えとかあって、経営側としてはびっくりしてしまうようなものが結構あるんですよ。でも、そこはうちとしては尊重しないといけないところです。

そこは軽視してはいけないところなんだけど、当然会社なので商売として成立しないと、利益で皆さんに給料を払わなくてはいけないので。でも経営にウエイトを置いて、職人、ものづくりとしてのこだわりを軽視した瞬間に陳腐化してしまいますし、ものづくりのウエイトが重すぎて、作れば作るほど赤字になってもダメですよね。そのバランスは、すごく難しいなぁと思っています。

でもやっぱりできるだけ、ものづくりに関しては、天秤を少し重めに設定したいよなぁと思ってます。営業も、酒造りも両方の声を聞くのは大事ですね。どちらも間違っている意見では絶対にないので。コミュニケーションですよね。」

酒造りは、神事

澤乃井の朝は、蔵の前の神棚で二礼二拍手一礼から始まります。

「元々は神様に献上するものだから、ちゃんと綺麗に清掃が行き届いたところで作って、神様に献上するという精神を大事にしていかないといけないなと思ってます。現在は人の為に作ってますけれども、その精神は忘れないで造っていくというのはありますね。そういうのは、僕たちは欠かしてはいけないと思っています。」

そういう思いは、小さい時からすごく大事だなっていう意識はあったのでしょうか?

「大人になってからの方が意識強くなったかもしれないですね。昔は身近なものでそこまで深く考えていなかったというか。いいこととか意義として捉えるようになったのは大人になってからなので、割と最近のことからもしれません。都心から戻ってここで働くようになってから、大事だなって思うようになりましたかね。」

水を守るということは、山を守るということ

「澤乃井では井戸が二つあって、これが蔵の井戸で、蔵の敷地内にあるものです。お酒造りの仕込みはもちろんですが、道具を洗ったりすごい量の水を使うので、水源が近くにあるというのは、仕事をする上でとても大事ですね。だから敷地内に井戸があるのはとてもいいことで、水質はちょっと硬めの中硬水です。

この井戸は140mあるんです。そして200年前に掘られたものなので、ノミとかで手彫りで掘り進めていったもので、これは横井戸なんですよ。平坦な土地で横に掘っても水は確保できないんですけど、ここは山の中なので、掘っていくと湧き水が採れるんです。それはこの立地だから成立することで非常に珍しいですし、この井戸の形こそが、うちが水が豊かな山でお酒を作っている一つの象徴ですよね。

もう一つ井戸があって、それは多摩川挟んで反対側で軟水です。一つの蔵で軟水と硬水両方採れるっていうのは珍しいんですよね。だいたいどちらかなんです。非常に良いことで、酒造りのコンセプトによって使い分けることができるんです。こちらの井戸は山中の湧き水から引いてきているんですが、こういうのがあるからこそ、やっぱり山を守っていかないといけないなと思いますね。」

「うちの300年の商売を続けていく意味で、一番根底にあって守らなくちゃいけないのは、山を守ることです。それが巡り巡って自分たちを守ることにも繋がるんです。お酒だけを見てもそうですし、もしかしたらお客さんが見て感動してくれた自然も、山を含めた景観だったりするので。そう思うと、もうちょっと複合的な山を守るというところになっていくのかなと思います。わかりやすく言うと、水を守るというのが、山を守るというところに直結していると。」

山を守るというと、具体的にはどういう意味でしょうか?

「実はうちが元々林業をやってたので、その時の名残でこの辺りの山をいくつか持ってるんです。今は林業をやってないので、山はいらない、煩わしいって手放すとそれが後でゴルフ場とかになったりする可能性もありますよね。短期的、一時的には人がくるかもしれないけど、そうなるとうちの水には少なからず影響がある可能性がある。なので、当然林業の名残で材木の手入れもしてますし、あとはそこをうちが手放さないで保有しているということで景観も守れるし、水も守れるということに繋がっているのだと思います。」

好きな青梅は、木々の緑と多摩川の青がつくる翠(みどり)

「青梅の好きなところは、時期的には3月から4月です。時期的には穏やかで新緑の時期の青梅が好きです。一年を通して一番気持ちが穏やかになるし、豊かになるし、元気もでるし。だから、僕の好きな青梅は、新緑の時期の青梅。緑が好きなんですよ。こちらの芽吹きの緑、新緑の緑って本当に綺麗なんです。

かえで橋っていう吊橋から上流をみると、木々が川沿いに連なっていて、新緑の時期は多摩川の青と青々しい葉とがすごい綺麗なんですよ。うちのホームページ見てもらってもわかると思うんですけど、全体的に緑っぽいかな、と。川の青と、緑の感じと。

だからうちの澤乃井のブランドのカラーも、そういう色かなって勝手に思ってます。翡翠とかの、翠(みどり)です。青と緑色を足して二で割ったような、そんな翠(みどり)。僕の青梅のイメージは、その翠のイメージで、僕の好きな青梅は、その翠の新緑の頃の青梅なんです。」

伝統製法で仕込んだ、東京蔵人

「今僕が一番好きなのは、この東京蔵人です。上品なバランスと、華やかだけど酸があって力強い。これは日本酒造りの原点である「生酛造り」という伝統的技法を用いたからこそできる綺麗な酸ですね。」

青梅の人、青梅の自然を感じながら日本酒を楽しむことができたら、きっとまた新たな青梅や人の姿が浮かび上がってくるのかもしれません。ハイキングや川遊びで自然を満喫した後には、そこの雄大な自然から造られるお酒を澤乃井で。

300年間の先人達の蓄積と守ってきた自然と磨いてきたお酒。蔵を出てそこに広がるのは自然と文化、食と歴史を楽しむまさに大人の楽園。雄大な自然の中で”人の営み”を感じる澤乃井へどうぞお越しください。

Information

東京の奥座敷奥多摩で清らかな水で作るのは、日本酒だけなく、美味しいお豆腐やこんにゃく。最寄りの沢井駅から徒歩圏で食事処や美術館、バーベキュー場も。青梅の雄大な自然とそこで育まれた芸術や文化、そしてお豆腐を澤乃井のお酒とともにお楽しみください。清流ガーデン澤乃井園では売店で軽食とお酒を多摩川に面したテラスでお楽しみ頂けます。
澤乃井園:10時〜17時 (軽食11時〜16時)定休日:月曜日(祝日の場合は火曜日)

酒蔵見学は無料で随時行っており、見学の最後は澤乃井の季節のお酒のきき酒も楽しめます。お酒が好きな方、ご興味のある方は、どうぞお気軽にご参加ください。車両等を運転する方のきき酒は、固くお断りいたしますので、ご注意ください。

関連事業
・澤乃井直営料亭 自家製豆腐湯葉会席 ままごと屋
・御岳渓谷のお食事処 いもうとや
・とうふ遊び 豆らく
・江戸から昭和までの櫛とかんざし 櫛かんざし美術館
・玉堂が愛した御岳渓谷にある美術館 玉堂美術館
・バーベキュー場 煉瓦堂 朱とんぼ

御岳渓谷エリア

ものつくり

澤乃井 小澤酒造

  • お酒
  • 日本酒
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  • 通信販売
  • 酒蔵見学
営業時間
10:00 - 17:00
定休日
月曜日(祝日の場合は翌平日)
住所
東京都青梅市沢井2-770
電話番号
0428-78-8210

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